中平龍二郎氏(武揚堂OB) 「地図で楽しむ一人旅」


この度、博地図.comでは、弊社OBで地図研究家として広くご活躍されている「中平龍二郎氏」に、地図に関する様々な解説や経験談などの執筆をお願いし、連載させていただくことになりました。
地図に興味のある方に、分かりやすい内容となっております。どうぞ、お楽しみ下さい。



第1回 地形図を持って旧道を探す(その1)

私が地図に興味を持ったのは小学生の頃であった。連日、世界地図を開いては日本・アメリカ合衆国・イギリス・ソ連邦などを飽きもせず眺めたものだ。はじめて地形図に接したのは中学生3年頃であった。
地図が好きであったが、結局、専攻はしなかった。しかし、地形図との付合いは50年以上も続いている。今では極端な話であるが地図無しでは生きて行けないほどだ。人との待合わせ、公共施設・博物館訪問、ショッピングなど、何処に行くにも地図を見て確認しないと出かけることが出来なくなっている。
お蔭で拙宅には5万分の1地形図全国揃いをはじめ、種々雑多な地図があり、女房からは部屋が狭くなると言って目の敵にされている次第である。


家では時間を作っては地形図を眺めている。場所は何処でもよい。1枚の地図を隅から隅まで眺めていると時間が経つのを忘れ、深夜の2時過ぎになって寝ることがしばしば起こる。
正しく地図は無限の情報源である。詳細な地形、道路・鉄道、集落、小物体名(神社・寺院・遺構など)・地名など、まったく凄い量である。それなのに何故こんなに値段が安いのであろうか。これだけの内容をお金に換算したら幾らになるのであろう。つい辞書と比較したくなってしまう。


地形図には全面が陸地のもの、島や岬などほんの少しだけしか陸地が入っていないものがある。また、都市周辺と過疎地では情報量に格差が見られる。しかし、どの地図を買っても値段は同じである。情報量によって値段を変えても良いのではないかなどと馬鹿な考えを持つこともある。


旅行もそうであるが、地図を持って歩く前にあれこれ考えるのが楽しい。何処から歩いて何処まで行こうかなど………。イマジネーションを働かせながらコースを作るのは実に面白い。
選択の基準は地形図に細く記入された道路である。出来るだけ長距離を走るもので、多くの集落地に立寄る道が対象になる。そのような道路は沿道に地名が多くあり、寺社の記号も見られる。案外、港北ニュータウンとか多摩ニュータウンなど大規模に都市開発が進められた地域の傍に残されていたりする。
私にとっては正に宝探しである。実際、現地に赴いてイメージがドンピシャリ当たることがある。路傍や寺社に庚申塔・馬頭観音・道標などの石造物を発見した時の喜びは格別である。しかい、残念にも想像外の場合は予定を変更し、コースをアレンジする。こんな浮気な歩き方をするので人とは一緒に歩けない。


10数年前に私が所属している川崎市宮前区歴史文化調査委員会のメンバーと近くの横浜歴史博物館に行った時、明治初年に作成されたフランス式彩色地図が売出されており、価格も安いのですぐ飛びついて購入した。
登戸・溝口・荏田・長津田など6枚でセットになっていた。縮尺は2万分の1であり、水田・畑地には「田・畑」と漢字で表示され、植生も「松・杉・楢」などと漢字で表示されていた。地図の外側の余白には大山街道の宿場、相模の農家などが繊細なスケッチで記されていた。


この地図が後に陸地測量部の迅速測図につながることになるが、明治10年代の正確な測量図には驚嘆させられた。ただ残念なことに関東平野周辺しか作成されていない。
数年前からフランス式彩色地図は地図センターで販売しているが、全図を揃えると100万円以上するので手が出ない。迅速測図は国土地理院関東地方測量部で1面を500円でコピーしてもらえるので、必要な地図を購入している。
この地図との出会いが私の旧道歩きに大きな影響を与えた。