地形図の歴史・生い立ち
4.地形図の生い立ち掘第2次大戦後から現在まで

 

昭和20年、第二次世界大戦終戦に伴い軍部解体後、内務省に地理調査所が設置され、陸地測量部の業務を継承しました。昭和35年に建設省国土地理院、平成13年に国土交通省国土地理院となり現在に至っています。

 

地理調査所は陸地測量部の後身でしたが、新たな測地・測量・地図に関する研究・行政を兼ねる官庁と見た方が適切で、それまでなかった主題図の作成なども加わりました。国土地理院となってからも、種々の装置、技術を導入し、現在では、多数のデジタル図・数値地図の整備、GPSによる電子基準点の全国整備を行い、また諸データ、図のインターネットによる提供を行っています。

 

なお、平成14年4月1日に測量法と水路業務法が改正され、わが国の測地系は、日本測地系から世界共通の世界測地系に変更され、緯度数値が概ね+11秒、経度数値が概ね‐11秒変更されるところとなりました。
地形図類の変遷は次のとおりです。

 

〇1万分の1地形図
主要都市や平野に多くの地図がつくられました。昭和30年代に休版。近々に新しい様式が準備され、昭和58年東京区部をはじめ、年を追い大都市地域が若干作成されました。
〇2万5千分の1地形図
昭和39年第二次基本測量長期計画以降、わが国の基本図となりました。空中写真測量により、昭和58年一部の離島を除いて全域の測図が完成しました。
〇5万分の1地形図 
2万5,000分の1地形図からの編集図。昭和57年、新しい型の地形図の試作図ができました。
〇20万分の1輯製図
国土の全貌を早急に知ることを目的として作られた編集図です。
〇20万分の1地勢図
20万分の1帝国図の後身、5万分の1地形図からの編集図です。北方領土は旧版帝国図の内容で刊行しています。129面。
〇50万分の1地方図
全国を8面に分割、地方単位を見るのに適しています。
〇100万分の1国際図
100万分の1万国図の後身です。経度差6°、緯度差4°の図幅では、南北に長いわが国では面数が多くなるので、3面の集成図(12色刷)として刊行しています。なお4色刷日本語版もあります。

 

他に『300万分の1日本とその周辺』や最も縮尺の小さい『500万分の1日本とその周辺』や多数の山岳集成図、都市集成図が1万5千分の1〜10万分の1で刊行されています。
最近では、カラー刷りのデジタル標高地形図(2万5千分の1東京区部、大阪、名古屋、福岡)も刊行されました。

 

デジタル地図情報としての数値地図には、2千5百分の1(空間データ基盤、世界測地系データ刊行中)、2万5千分の1(空間データ基盤、地図画像)、5万分の1(地図画像)、20万分の1(地図画像)、5、50、250m各メッシュ標高、細密数値情報(10mメッシュ土地利用)等が提供されています。